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旅行記1日目(2013年4月1日)

2013年4月1日から同年6月24日まで、東西ヨーロッパと北アフリカのチュニジアを旅行してきました。その間に手書きで日記をつけていましたが、その内容を改編したものを公開します。

フィン・エアーの飛行機に乗り自分の席まで行くと、早速隣の席の外人さんに話しかけられた。

外人さん「英語はしゃべれるか、一人で旅行するのか」
私   「そやけど」
外人  「妻が前のほうの席でぽつねんと座っているのだが、妻と席を替わってはもらえまいか」
私   「ええよ」

というわけで席変更。隣は団体旅行の日本人男性。4/1から旅行だなんて珍しい。そういう私もそうなのだが。
 食事(悪くなかった。兄はフィン・エアーの食事はまずかったと言っていたが、ま、マスカット味のゼリーをリンゴゼリーというほどの味音痴なので信用していない)が終わり、コーヒーを飲んでいると、フィンランド人のスッチーが近寄ってきて、

スッチー 「席、替わられました?」
私    「うん」
スッチー 「後ろの席のご夫婦が大変感謝されてまして、シャンパンかカクテルをご馳走したいとのことなんですが。」
私    「別にええよ、あんまり飲めんし」(←トイレが近くなるのが嫌)
スッチー 「左様でございますか」

しばらくするとそのスッチーが戻ってきて、紙コップにボンボンらしきものを満杯に詰めたものを、にっこりしながら私のテーブルに置いて行った。ピンクの包み紙に包まれたそのボンボンの名は、なぜか”Geisha”。ジャパニーズ・テイストな何かかと思い、一つ口に運んでみると、なんてことはないただのチョコレート。なぜGeishaなのか…どこにGeishaを見出せばよいのか…

 11時間弱のフライトの後、中継地ヘルシンキに到着。そしてEUの入国審査。いかつい顔の金髪の兄ちゃんにいろいろと聞かれる。
兄ちゃん「マドリッドに行くのか」
私   「そう」
兄ちゃん「ヨーロッパにはどのぐらい滞在するのか、目的は?」
私   「3か月、観光で」
兄ちゃん「どの国へ行くのか」

ここで入国拒否されたら今までの準備がすべてパァ。なので、何となくアフリカへ行くことは伏せておき、

私   「フランス、スペイン、イタリアですけど何か?」
兄ちゃん「ヨーロッパに友人はいるのか」
私   「フランスとイタリアにいますが何か?」

女の3か月一人旅をかなり警戒しているようで、今までしてきたどの旅行よりも根掘り葉掘り聞かれたが、無事入国スタンプを押してもらえた。よっしゃ、イタリアの後はチュニジアへ行きますね…
 マドリッド行の飛行機に乗る。食事はやっぱり普通。マドリッド行とあって、機内の会話はほぼスペイン語。少しだけだけど、勉強してきた甲斐あって部分的に理解できた。
 マドリッド到着。人生初のスペイン!預けた荷物が返ってくるのを待っていると、近くにいた恰幅のいいおばちゃんが顔を煽ぎながら一言もらす。

 「ケ・カーロ」≒「Che caldo」
 イタリア語とよく似ている。これから英語が通じなかったら、イタリア語で行こう。
 空港でドーナツ、エスプレッソ、ヨーグルトの軽食を済ます。店員のおっさんにどこから来たのか聞かれたので、「ハポン」と答える。スペイン人に対して発した初めてのスペイン語だ。
 地下鉄でマドリッド市内へ。夜の9時だというのに夕方のような明るさだ。ホテルの場所がよくわからんかったのでタクシーをつかまえ、

「A questo indirizzo, por favor(この住所までお願い)」とイタリア語混じりのスペイン語で話す。
「OK,OK」と運ちゃん。発車。ちゃんとメーターを回すのを確認。

運ちゃん「もっかい住所見せて、twentyだっけ?」(と、言ったんだと思う。)
私   「No doce(ちゃう、12)」

なんとか運賃4.7ユーロでホテルに到着。チェックインを済ませて(案の定、Yokoをジョコ、と呼ばれた)部屋へ。こじんまりとした、研修医時代の職員宿舎を彷彿とさせるような感じだった。丸一日、大荷物を持って大移動したせいか、両側の三角筋が痛い。荷解きもほどほどに泥のように眠りについた。
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