旅行記13日目(2013年4月13日)


 昨夜は大変だった。

 同室のロシア人のオッサンが動き回る音で目を覚ます。
 昨夜は緊急で一泊、そして今日はこの宿に、さらに3泊予約する。昨夜の一泊とと今夜からの三泊は別の取り扱いになるので、いったん宿を出なければならない。今は公園のベンチでゆったりとこの日記を書いている。

 ここで、昨夜のバルセロナ到着について書こう。

 昨夜、バスで最後のサービスエリアに停まった時から、世界が少し変わった。標識等の表記が、カタルーニャ語なのである。その下にカスティーリャ語(スペイン語)が書いてあるときとない時がある。

 バルセロナのバス停に着き、しばらく歩いていると外人さんに呼び止められる。私の背中を指さして何か言っているのだが、カタルーニャ語のためなのか分からない。「分からん」とカスティーリャ語で言うと、外人さんティッシュを何枚か出して、私の背中を拭きはじめる。ティッシュにはなぜか、マヨネーズらしきものがべったり…

 そこでピンとくる。 あぁ、これは最近流行ってるらしい詐欺だ。

 体に(服に)ごみ・汚れがついている、と親切を装って近づき、金品を奪おうというもの。

 外人さんは言う、「その上着を脱いで、しっかり拭いた方がいい」と。しかし脱いでなるものか、脱ぐためにカバンを体から離したら最後、カバンを持っていかれる。
 カバンとられるか、背中にマヨネを付けたみじめな姿で歩くか… もちろん、喜んで後者を選ぶ。
 「いいからこのままで」と言ってその場を立ち去ろうとすると、なぜか外人さん、持ってたティッシュを全部くれた。
 道行く人たちが、「背中に何かついてるで」と、教えてくれるが、「いいから」と言ってそのまま歩いた。
 それにしても、いつ、つけられたんかな、あのマヨネ… まぁ、そんなもんか、背中だし、付けられてすぐに気づくものではないな。でも、大事なものとられんで良かった。

 というのが昨夜の話。昨日はバスチケットは失くすし、宿見つからんで夜中に町をさまようし、背中にマヨネつけられるわで、トラブル続きの日だった。

 今日は宿に3泊分チェックインした後、宿が意外と町の中心部にあることが分かったので、サグラダ・ファミリアとグエル公園に行くことにした。サグラダ・ファミリアは思ったほど大きくはなかった。近くに来ていた英語のガイドをちゃっかり聞いてみると、完成は2026年だとのこと。

 サグラダ・ファミリアの近くの公園でゆっくりしていると、変な感じの女3人が私の前に立つ。
「どこから来たの?」
と、カスティーリャ語で聞いてくる。
 
 来たよ来たよー、変な人たちが…

 肩をすくめて分からないふりをすると、英語で、

「旅行に来てるの? 英語分かる?」

と聞くので、「少し」と仕方なく答えると、

「私たち、あなたのために祈ってあげましょうか?」

と言う。ほらほら、これも詐欺の一種だよー。これは、

 押しつげがましくお祈りをしてあげた後で、法外な祈祷料(?)徴収詐欺

とみた。ここで、「ありがとう」などと言ってはいけない。お祈りされてしまう。

 で、思いっきり不機嫌な顔をして、「何もいらん!」と言うと、

「サグラダ・ファミリアの中には入った?」

としつこく聞いてくるので、「入るか、そんなとこ」と、これまた不機嫌な調子で言うと、こいつからはボレんな、と判断したのか、女3人は退散していった。
 スペインはフランスと違い、東洋系はかなり目立つのか、トレドでもそうだが、やたら変な感じの人に話しかけられる。気をつけねば。

宿の同室に、ものすごくお育ちのよい感じのフランス人女性がいた。少しフランス語で言葉を交わす。なんだかホッとするなぁ。

sagrada familia1 sagrada familia2 barcelona.jpg parc guell1 parc guell2
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旅行記12日目(2013年4月12日)


 日記の日付を書こうとしてハッとする。あぁ、13日の金曜日ではないな、と気づく。昨年、麻酔科の研修中、13日の金曜日の仏滅にエホバの消化管穿孔が来たっけ。それからギネが緊急全麻カイザーぶっこんで来て、プロポフォールとエスラックスの封を切ったところで、

「やっぱり下から産ませます!」

とか言われて、薬が無駄になったっけ。当時は少し腹立ったけど、今ではまあいい思い出だ。それはいいとして。

 同室のカナダ人カップルはどうやらトレドに居ついてしまっているようだ。で、胡散臭げに見えたスペイン人夫婦は意外と(?)ちゃんとしてて、朝早くに出ていった。
 起きたら隣のベッドに外人さんが寝ていた。出ていく用意をしていたら、その外人さんが起きて私に何か言う。が、ものすごく訛りのあるスペイン語で何を言ってるのかわからない。
「No comprendo(わからない)」
と言うと、ケタケタ笑う。少しおつむの足りなさそーな感じ。

「俺、日本語分からんけど、中国語ならわかるよ。コニチハ、サヨナラ、アリガト、ニーハオでしょ」

とのこと。あー残念。愛想笑いをしてあげて、宿を出る。

 トレドからマドリッド、マドリッドからバルセロナへ。しかしバルセロナ行のバスに乗る直前、切符がどこかに行ってしまったのに気付く。確か、取り出しやすいようにポケットに入れたはずだが、どこを探っても出てこない。カバンの中を探っても、ない。どこかで落としてしまったようだ。。。しかもレシートごと。。。
 窓口で、「切符なくしちゃったんだけど」と言っても、やっぱりレシートがないと再発行ができないとのこと。

 くそ~! 31.27ユーロを無駄にしてしまった… 仕方ない、買うしかないが、次のバスは15:30発。14:00マドリッド発で21:00バルセロナ着の予定で、明るいうちにバルセロナに着けると思ったのにー!
 15:30のバスだとバルセロナに着くのは23:00ごろ。完全に夜やんけ、あーアホやわ私。

 新たに買ったチケットはくしゃくしゃになってもいいから、しっかり握っておいた。
 バス発車。1時間走って25分休憩、また2時間ほど走って15分休憩、みたいなのを繰り返して、バルセロナ着23:20ごろ。

 昨日からネットで目をつけておいたホステルへタクシーで向かう。ホステルに入る前に電話で確認する。

「部屋はあるか?」
「ある」

 しかし、受付まで行ったところで、受付のおねえさん、

「ごめんなさい、こちらの勘違いで実は今晩は満室なの、今からボスに電話で問い合わせるからちょっと待って」

とのこと。おねえさん、誰かに電話。そして

「あと10分ぐらいでボスが来るわ、ボスと話し合って何とかしてみるから、座って待ってて」

とのこと。約10分ほどして、ボスと思しき若いお兄さんがやってきた。お兄さんとおねえさん、しばらくあーだこーだと話し合い、こちらを見て、

「ごめん、やっぱり今夜は満床なんよ、うちのインターネット、タダで使っていいからほかのホステル探してくれる?」

と。時刻は0:00をまわったところだ。今から必死こいて宿を探さないと、今夜は野宿になってしまう!! それもこの、今いる宿から徒歩圏内で探さねば…(バックパッカーは金がないのでタクシーなど使えない) 
 これはえらいこったで。バスのチケット失くして、バルセロナ着が2時間も遅れなければ、こんなことにならんかっただろうに…

 ロケみつのさきちゃんみたいになっとる。でも、あれは番組。いざとなったらスタッフがどうにかしてくれる。しかし私はがちで一人…

 で、必死に宿を探すと、幸い歩いて行けそうなところに一つ見つけた。

私     「ありがと、何とかなりそうやわ」
お兄さん  「グッドラック、ところで今現金持ってる?夜中はクレカ受け付けてくれないところもあるから、現金用意した方がいいよ」
私     「あ、そうなんや。この辺にATMある?」
お兄さん  「たぶん」

というわけで、見つけた宿に向かう。何とか今夜の宿を確保。ほっとする。

旅行記11日目(2013年4月11日)


 同室のカナダ人カップルは夜更かしがたたって、朝の10時になっても爆睡。ちょっと胡散臭げなスペイン人夫婦は夜更かししてたのに、早々にお出かけ。私はいろいろと支度をして11時ごろ見物に出発。

 トレドの地形と言うか道は非常に複雑。方向音痴な私はすぐに道に迷ってしまう。ケータイのGoogle mapは実際にいる場所とナビゲーションシステムが示す場所が結構ずれていて、よく分からんので仕方なく紙の地図を広げると、変な外人が近寄ってきて、

「Hi, I'm from...」

と話しかけてくる。地図をたたんで「No!」と言ってその場を立ち去る。坂道の街をぐるぐる回る。疲れる。

 みんなはトレドはいいって言うけど、私にはそうでもないな。トレドはマドリッドと違い、町のそこここに

「ここはなんちゃら通り」

ってのが書いてないから(それは日本でも同じだが)、ホント私のような方向音痴は苦労する。
 夕方の17時には早くも疲労が限界状態になってきたので、宿に戻る。で、4時間ほど爆睡する。

 4時間の爆睡後、この日記を書いてる。アルジェリア人の友人Cから、Facebookにメッセが来てる。「旅はどうか」って。だから闘牛がいかに医学的に理にかなった牛の殺し方をしてるかについてフラ語で書くが、「延髄」をフラ語で何というか分からない。仕方なく同室のカナダ人カップルに聞く。

「フラ語わかる?」
「わかるよ」
「延髄ってなんていうの?」
「それは…知らんな。でもその手の類の言葉は英語もフラ語も一緒だと思うよ」
「あそ、ありがと」

あ。wikiればよかったんだ、あほやな私。

 明日はバルセロナ。宿はありそうだが、地図を見てるとなんだか地名の言葉が今まで見てきたスペイン語と違う。そうか、これがカタルーニャ語ってやつか。。。せっかくスペイン語に慣れてきたのに。。。スペイン語通じるといいな。
 今wikiって知ったのだが、俗にいうスペイン語はカスティーリャ語と言うらしい。で、バルセロナの人たちは、カスティーリャ語とカタルーニャ語のバイリンガルなんだそうな。すごいな。

toledo.jpg

旅行記10日目(2013年4月10日)


 9時ごろ起床。昨日中留守にしていた向かいのベッドの外人さんは、夜中のうちに帰ってきていた。
 食堂へ行き朝食をとる。すでに感じのよいフランス語を話すご婦人が二人いた。Hola(オラ)と挨拶する。ご婦人方は持参のチーズを食べているようだった。一人が私に微笑みかけてくるので、

「queso?(チーズ?)」

と聞くと、

「Si, ahh...beeh, beeh(そう、えーっと、ベェーベェー)」

と言うので、あぁ、ヤギのチーズかと思い、相手もフランス語をしゃべっていたので、

「Chèvre?(ヤギのチーズ?)」

と聞くと、嬉しそうに

「Ah, vous parlez français? (あら、あなたフランス語しゃべるのね。)」と、フランス語の会話が始まった。
どこへ行くのか、どのくらい旅行するのかなどについて。

 しばらくすると、同室の外人さんが朝食にやってきた。今まで話す機会がなかったので、いろいろと話をした。ブラジル出身でヨーロッパで職を転々としているのだそうな。
 そうこうしているうちにトレド行きの電車の時間が迫ってくる。エドゥアルド(外人さんの名)との別れを惜しみながら、宿を出る。

 サラマンカ駅からマドリッドへ。Chamartin駅から懐かしの地下鉄に乗ってAtocha駅へ移動中、私の目の前の男性が少しずつ私の方へ寄ってくる。地下鉄が混んでるせいかと思ったが、何となしにその男性、私と彼との間にふわっと上着を持ってくるので、

 あ、これは財布をスろうとしてるな

と思い、体の前にあったカバンをぐいっと90度回転させて体の横に持っていき、彼の顔を真正面から見据えたところ、彼はス~っと離れていった。

 やっぱりね。昨日も今日も少し危ない目にあいかけている。私、そんなに無防備に見えたんだろうか。これからは目つきを鋭くして、スキを見せないようにしなければ。

 Atocha駅からトレドへ。トレドは起伏の激しい地形で、大荷物を持っての移動はかなり疲れる。少し痩せたような気がする。一泊13ユーロの宿を確保。しかしタオルは別途2ユーロ必要。ドけち。サラマンカの宿はタオルも朝食もついて9.5ユーロだったよー。マドリッドだってもっと安かったよー。まあ、仕方がない。トレドはエル・グレコが多くの作品を生んだ土地で、観光的知名度が高い。

 2日後にはバルセロナへ行く。電車の切符代を駅に確認しに行くと、トレド―バルセロナ間は片道117ユーロ。即却下。バスセンターへ行き確認すると、トレド―マドリッド―バルセロナのバス代は36.49ユーロ!! 即決定。

 宿に帰ると同室者はカナダ人カップルと少し胡散臭いスペイン人夫婦。荷物に気を付けよう。

旅行記9日目(2013年4月9日)


 昨夜23:30を過ぎたころ、同室者2名(ドイツ人女性2名)がやってきた。昨晩1泊だけだとのこと。時間も遅かったので、あまり話さず眠りについた。さらに夜間、新たな同室者が来たようで、朝起きたら男性が向かいのベッドで眠っていた。
 コンチネンタルスタイルの朝食を済ませた後、外に出る。

 サラマンカはこじんまりとした街だ。徒歩で有名どころをすべて回る。Plaza Mayor(マヨール広場)、Casa de las Conchas(貝の家)、Edificios Historicos de la universidad(歴史的な学生街)、Puente Romano(ローマ時代の石橋)とその近くの絶景スポット。
 サラマンカはマドリッドと違い、中世の雰囲気が残る街だ。一方マドリッドは歴史ある街ではあるが、東京のように近代的な建物が多い街だ。マドリッドの目抜き通りであるGran Viaなど、まだ整備されて100年ほどしかたってない。サラマンカにもGran Viaという名の、見た目がしょっぽい通りがあった。こちらは何年の歴史なのだろう。

 3時間ほどで観光が終わってしまった。Carrefourでチキンとサンドイッチの昼食を買い、広場で食べる。すぐに鳩が寄ってくる。鳩の足には青いタグのようなものがついている。伝書鳩か何かだろうか。

 雨が降り出し、トイレにも行きたくなったので、サラマンカ駅に向かう。駅に着くころには横殴りの雨だった。あぁ、これだから雨女は嫌だ。
 駅のベンチでこの日記を書きながら雨宿りをしていると、隣に座ってきたじいさんが話しかけてくる。よく聞き取れなかったので、

 No comprendo, no hablo bien espanol (わからん、スペイン語あまりうまく話せない。)

と言うと、じいさんが日記を指さしながら

 Cual? (どこの言葉?)

と言うのが聞き取れたので、

 Japones (日本語)

と答える。じいさんが、

 Hablas bien espanol (スペイン語うまいやないか)

と言うので、Gracias(ありがとう)と言い日記を書き続けていると、「Cafe(カフェもしくはコーヒー)」が何とかとか、「Vamos(一緒に行こう)」と言う。「よくわからん」とかえすと、「Casa(家もしくは場所)」がどうのこうのと言うので、あぁ、これは怪しいお誘いだなと思いつつも、一応確認をしてみようという遊び心が湧いた。

 「俺が知ってるカフェに一緒に行かんか」と言っているのか、

 「俺ん家でコーヒー飲まんか(もちろんコーヒーだけで済むはずがない)」 と言っているのかを区別するために、

 「Tu casa? Un cafe?(あなたの家でコーヒー?)」

と聞くと、嬉しそうに

 「Si!(うん!)」

と答えるので、パッと立ち上がりその場から逃避。後ろで何か言ってたが、無視。

 危ない、危ない。今回の旅行でした、初めての”危険な思い”だった。

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